chiemitabi

大いなる懐にて抱かれし、真我の道を歩む成りけり

こころのともしび

震災後、山形でも、数か月、ガソリンの流通がストップしたり、
給油制限があったり過ごした日々を思い出すときが
「あり」ます。

その「とき」わたしは、自身の車を「緊急車両」に
自身のなかで「位置づけ」をしていました。
なので、職場へは、リュックを背負い、とぼとぼ(笑)と
歩いて出かける対策をとって「いた」ことを思い出します。

自身。あるいは、家族。あるいは、身近なかた、あるいは、
なんどきでも、
医療機関や、緊急時にそなえておきたかった「おもい」が
ありました。

「そこ」で、忘れられない、出逢いが「あり」ます。
夜、職場からの帰り道、見知らぬ方ではありましたが、
その当時、まだ、雪道で歩道は、ひとりが歩くにやっと。
といった足跡でした。

前方(笑)から、歩いてござる方がいるなあ、と
わたしも、思っておりましたが
すれちがう直前に
双方で、足跡がついている道から、雪のある「ところ」に
「互い」が道を「ゆずる」という行為に「でた」のです。

お互いが、「ゆずって」互いが、また、
雪のなかでお会い?する(笑)という
大笑い「した」キオクを思い出す「とき」が「あり」ます。

 

スーパーでは、見知らぬ方ではありましたが、
残りの納豆をわけあったり、
忘れられない、どこか、わたしに「あったかさ」を
残してくださった「もの」「こと」

そして、
わたしの「こころ」に長~いこと「火をともして」います。

 

たかはしちえみ

次へ 投稿

前へ 投稿

© 2019 chiemitabi

Scroll Up