chiemitabi

大いなる懐にて抱かれし、真我の道を歩む成りけり

目にする、目にとまる、「とき」

7月は、なにか、イベント?がわたしのなかで続き
今週の土曜までは、なにかと、動いております。
自分のまわりの片づけが(笑)
ほんとの「ぷち」(笑)
あるいは「ちょっとずつ」
あるいは「ちょっとだけ」
といった「かたづけ」や「掃除」に。(笑)

今週の日曜(笑)からは、ゆっくり、じっくり、と
片づけ、あるいは、後片付け、掃除、整理、整頓と
約(笑)一ヶ月かけてでも(笑)できるかな、とみております(笑)。

 

そのようななか、やまがたでは、ほたるまつり
紅花まつりなど、各地で執り行われ、足を運ばせていただいて
おります。

そこで、あるいは、そこへ向かう途中。
あるいは、日々のスーパーで
西日本豪雨災害支援の箱が置かれております。

お賽銭箱のように、目にした「とき」
目にはいってきた「とき」
目にする「とき」小銭を
その「とき」にできる範囲で
思いを寄せさせていただいております。

 

こうした災害を目にしたとき、
わたしのキオクに残っていること。おもい。が
「在り」ます。

わたしの住む地域でも土砂、水害で家屋が災害になった地域が
ありました。
その「とき」に
夕方、公衆浴場で若い女性の方で隣の蛇口に座っている方でした。
わたしの視界に足に泥をつけて
手にも泥がついている方を見ました。

わたしは、ん?
もしかして?

「ボランティアしてくださった方ですか?」と尋ねると
「はい。」

「どちらからでしたか?」とお聞きすると

「いまは、栃木からです。」と
「実家が仙台で、大震災のとき山形の方々からも、
わたしたちは、たくさんの応援をいただきました。
わたしのちからは微々たるものですが
いま、のわたしにできることで。いま、のわたしができることで。
と思い、ボランティア登録できました。」

わたしは、熱い想いを受け、「ありがとうございます。」と
ことばを交わした日、とき、を思いだすことが「在り」ます。

これは、わたしの奥底におもしていた
もの、こと、でもありましたが

今日、この日に、綴らせていただきました。

祈るような想いで。
ありがとうございます。

 

chiemitabi

 

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