chiemitabi

大いなる懐にて抱かれし、真我の道を歩む成りけり

8月になりましたね

いかがお過ごしでしょうか。

7月ともまた違い、じっくり、ゆっくり、と澄み渡る
渡ってゆく流れというものを感じながらいらっしゃるでしょうか。
または、つまり感(笑)をなにかしら感じながら
いらっしゃるでしょうか。

歩んで「いる」miti(みち)ikikata(いきかた)arikata(ありかた)
あらためて、「この」年になり、すこしずつ、すこしずつ、
ひとつひとつの御魂も、また、包まれた皮、あるいは、
海水浴でみる「浮き輪」というイメージの表現を
させていただいて(笑)おりますが(笑)

そうした、皮や浮き輪(笑)の厚み、深み、色あい、によっても
人によって
異なる「時期」というものが存在「して」ゆくのかもしれません。

 

そんななか、昨年から、「ここ」も帳面に貼って
むかう、むかわせて、「いただく」機会を感覚を
自分で自身をmiru(みる)あるいは、mite(みて)ゆく感覚で。
(笑)

ようやく?(笑)ある一日のなかの「時間」
ボヌールさんまで
ぼおっと~席からながめる蔵王山。瀧山。と
どこか、暮らしに馴染む。あるいは、溶け込んで「いる」
特別、あるいは偉大、というよりかは、暮らしに溶け込んでいる「山」
あるいは、親しみ あるいは、うつくしさ
あったかさ 母 を感じさせていただいてきます。
山々に自然に感謝に

 

そのボヌールさんで

キッシュを

そして、コーヒーを

洗練されつづけ透き通る。食。お心を。ふところを。(笑)
ありがとうございます。

またおじゃまさせていただきます。

 

chiemitabi

 

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