chiemitabi

大いなる懐にて抱かれし、真我の道を歩む成りけり

存在

濃度の濃い、あるいは、濃密な、一週間、あるいは、一週間の前後。
といったところでしたでしょうか。

大忙し、あるいは、さまざまな後押し ながれ といった
日々をお過ごしでしたでしょうか。ほほえみ

そのようななか、先日テレビで拝見いたしました
ボランティアをなさっている尾畠春夫さんの映像を拝見し、
胸が熱くなっておりました。

こうした方の存在が、実際、いらっしゃる、あるいは、
こうした方の存在が、「おられる」おどろきと、
わたしは、感慨深く、奥底から、込みあがる思ひが
わたしのなかに、「ある」ことを気づいておりました。

 

わたしの知らないところで
活動されていらっしゃる方が、
今後も、知られて「ゆく」、知って「ゆく」方の存在を
教えていただくことと思います。

 

このようなことを、また、
このようなことも、おなじようには、できませんが。

あらためて、尾畠さんの存在に、
深いところで、気づけた「こと」が「在り」ます。

 

その方その方の存在が、ちがうことで
積み重ね、また、おおきなひかりへと、
またひろがりへと、つなげて「ゆく」ことができることを
知ってゆきます。

そして、その方その方「ちがう」、ということは、
比べることができない、ということとも重なります。
なんと、(笑)、比べることができない、ということは
なんとも、(笑)ほころぶのでしょう(笑)

自分のできる、「こと」「らしさ」をいちにち。いちにち。
つないで「ゆく」こと。

ちいさな。ちいさな。育みが
あつまる「こと」で、おおきなおおきな「柱」となって「ゆく」
ことを。

 

生きているなかで、なかに、尾畠さんという存在を
「知る」ことができて
感慨深く、喜ばしい、時間を過ごさせていただいておりました。

わたしの奥底に深く刻ませていただきとうございます。

ありがとうございます。

 

chiemitabi

 

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