chiemitabi

大いなる懐にて抱かれし、真我の道を歩む成りけり

このたびで帳

このたび、岩手へと足を運ばせていただいておりました。
山形を発ち、福島、宮城が今回の経由。そこで、福島駅で、
一杯のかけそばと出会います。

立ち喰いそば をみて、にやけて、駅構内のなかでの足取り。
はて、
何年ぶりでいただいただろう。自身のなかで笑いが起こる。
手あわせ、「いただきます。」
おいしい。(微笑む)
なんだろう。からだのなかで、貴重な感覚と体験でした。(笑)

今回は、JR東日本 大人の休日倶楽部を利用させていただきます。

盛岡へ、ある方々とお会いさせていただいておりました。
いまも、こうしてほほえみながら、文字をうたせていただく。
ことばには、表すことができない、「いま」が存在する。

時間が経つごとに味わい深く、噛みしめ(笑)、また咀嚼し、
味わい、和む「とき」「こと」が来ることも、
誰もが知って「いる」かのように思って「いる。」(笑)

 

そして、岩手といえば、ちいさい頃から、
心のなかに、残っているなかでの、一冊の本が、
わたしには、在り

その一冊の宮沢賢治さんの「よだかの星」であります。
内容は大きくなるとともに、忘れていたもののひとつで
在りますが、

わたしのなかには、なにか、こころの奥底に残る。眠る。
「こころの桃源郷」ともいえたでしょうか。

ゆかりの場所へと足を運ばせていただきます。

その帰り道、お腹がすき、山猫軒さんでお食事を。

これが、また、うまい。

こうした表現は、いかがなものかわかりませんが、
お店の方ともおはなしさせていただいて

みかけ?(笑)は、一瞬、ん?と思ったのが正直にあります(笑)。

ひとくち、口にした瞬間。喜びが増しました。
ひとしな、ひとしな、に
わたしのなかで「ちから」がでてくる、
あるいは、「ちから」を感じ、受け取らせていただいて
おりました。

そうしたことで、帰り際、なにかお話する機会があり、

喜びをも受け取らせていただき、
そうしたお話は、はじめてです。と

そして、一品、一品、白髪ねぎのはてまで(笑)
手づくりで行っています。と
満ち足りて、お話されていたお姿が、とても印象的でした。

 

日常のなかで、みかけ ということも漂うもの、ことも
存在しますが、
みかけ だけ  あるいは、
みかけ だけ、でもない (笑)
こと や もの も
存在する「こと」も確かであります。

 

あたたかい、支援をいただき、岩手を後にしました。

 

 

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