chiemitabi

大いなる懐にて抱かれし、真我の道を歩む成りけり

私になってゆく、出会う、道のり。

昨日、自然な、自然のなかの、なかで、出会う。という
記事を書かせていただきました。

そのなかの一部に過ぎませんが
わたしのなかの、自然は、
誰になる、誰かになる、あるいは、なにかになる、なんらかになる、
ということでもなく、本当の私になってゆく道のり、
私らしい私に出会ってゆく、道のりでも在ろうことかとも思います。

 

そうした、自身。私に。
取り扱う、または、自身を、私を感じてゆく作業を
わたしは、大事に、大切に、しています。

それは、わたしも、相手も、大切に、大事に、
したいから。(笑)。

 

先日、そうしたなかで、環境で、自身を、身を置いておりますと、
自身も、自然の一部なのだなあ、ということを実感させられ、
より感じながら、味わいながら、生きてゆくことへの
生かされている、いくことへの、
励みとなってゆく自身を発見したり、しておりました。

 

そして、ささいなことから、ささやかなことから、
さらに、自身を取り戻し、より自身らしく、
また私らしい私になって、輝きだすことをわかりはじめて
きております。

それは、「そこ」に集中し、より自分らしい自分を取り戻し
他の誰でない、誰でもない、私になることに
集中してゆける、進んでゆけることに、
気がついてゆく、きた、あるいは、気初めて(笑)きたのだと
思います。すこしづつ、ゆっくりと、あるいは、のんびりと、
あるいは、次第に、また、さらに。

 

この感覚も、こうした感覚も、
なまで(笑)、どんなかたちでか、どんなかたにか、わかりませんが、
お伝えできるといいかなあ (笑)。
必要なかたに、必要なときに。

視覚、聴覚、触覚、さまざまな器官を通して、
自然のなかで、なかに、お伝え、
お会いできる日がありますれば、と思っております。

 

必要ななかで、なかに、自然のなかに、なかで、出会う。
それは、自然の一部であるから。すべてが。
そのなかで、生かし、生かされ、歩ましてくださっているから。

 

この命尽きるまで

 

 

chiemitabi

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