chiemitabi

大いなる懐にて抱かれし、真我の道を歩む成りけり

心地

「心地」
ひとそれぞれに、異なり、また
時期それぞれに、異なり、また、
成長とともに、異なりをみせてくださることも
いきもの、みちなり、みちすじ、みちのり、のようにも
受け取らせていただいております。

 

いちにち、いちにち、いちねん、いちねん、
あらたな、あるいは(笑)、もともと在った自身と(笑)
出会わせて、いただいて、いる、と
いったところでしょうか。いたところでしたでしょうか

 

先日、在る方とイベントのお話をしていたときに
自分たちもそれぞれに、回を追う毎に、あるいは、
回を増す毎に、あるいは、自身のありかたや
成長をしてゆける機会だしね、と話している姿に
どきっ(笑)としておりました。

ほんとだ。と

ほほえましく(笑)、ほほえんでいる(笑)自分を見て、見せて、
いただいて、おりました。

 

また、先日は「なつぞら」で、じいちゃんが(笑)

家族であっても、ひとりで生きている。だから、
支え合ってゆぐんだべえ。という言葉がわたしのなかに
余韻として「残る」  (笑み)

 

ひとり、ひとり、が
余韻として「残る」言葉も、漂いも、異なり。
それぞれに、それぞれの「いま」が在り。これも、素敵なこと。
素晴らしいこと。

異なるということのなかには、なかでは、当然というところが
奥底には、存在して「くる」のも。「ゆく」のも。

時間も浪費も、滴る思ひも、かけすぎる(笑)ほど
かけ、わかって「くる」ことも、
見えて「くる」ことも、在ったり。

時間をかけないと、わからないもの。
時間をかけなくても、わかってくるもの。

 

見えないものには、その「心地」というものが
含まれて「いる」といったところでも在るでしょうか。 (笑)

見えないものなのか、(笑)、見えている(笑)ものなのか
「ここ」も断言はできず(笑) 「感じとる」「感じとれる」もの
こと、という領域の世界でもあるでしょうか。

 

 

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