chiemitabi

大いなる懐にて抱かれし、真我の道を歩む成りけり

とけてゆく

「とけてゆく」
この言葉に、たくさんのことが含まれておりますが
観る角度や観る所から、それはそれは
たくさんの見方が「ある」といったところとでもいいましょうか。

そのような「状況」なのでしょう。笑み
それもそれも
やはり。素晴らしい「こと」のようにも思っております。

やはり。いろんな気づきが「ある」ということは
ふんだんに自分を知って「ゆく」ことでも「あり」
それは、自分で自分を癒す。あるいは癒してゆく。
作業が「できる」ということでもあります。

気づいて「ゆく」作業は、最大の。最高峰の。「癒し」とも
云え、ひとつのスキル。能力とも云えます。
その能力は、ひとりひとりが異なる領域とも云えますが
ふんだんのギフトとも云えます。

 

そして、人の「痛み」や、あるいは理解に添うというスキル。能力
も深いところでは 「できる」ということでもあり
それは、自分の「痛み」や「理解」に寄り添ってきたから。
あるいは、自分の「痛み」や「理解」に気づいてきたから。
ただ、ただ。そうなんだなあ、と知ってあげてきたから。

自分を知って「ゆく」道は果てしない(笑)道では「あり」ますが
こころづよい。たのもしい。「道」とも云えます。

 

そして、いろんな「痛み」「深み(笑)」を知る、知った人は、
けして弱くはなく
いろんな「痛み」「深み」を知るから、知ったから
強く勇ましく成ってゆけるとも 思います。
時間をかけて。愛をかけて。愛をこめて。
ほほえましく。あるいています。

 

 

 

旅(人生)の空から大地から

たかはしちえみ

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